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広島高等裁判所 昭和28年(ツ)10号 判決 1954年3月11日

上告人 控訴人・被申請人 勝長八蔵

訴訟代理人 上原隼三

被上告人 被控訴人・申請人 有限会社高林房太郎商店

訴訟代理人 多田紀

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人代理人の上告理由は、末尾添附別紙上告理由書記載の通りである。

上告理由第一点について。

原判決がその採用した疎明資料に基き、単に「神庭は高林の懇請を容れ本件目的地に通行権を設定した」旨判示したことは、所論の通りである。しかし、被上告人は第一審以来、本件仮処分の被保全権利として第一次に本件目的地に対する通行地役権を主張していたのであるから、原判決が右推認した通行権とは被上告人の主張する通行地役権を認容したものであることは、原判決を通読すれば明白である。また、原審の採用した疎明資料を綜合すれば、被上告人の前主高林房太郎が昭和九年中本件目的地の前所有者たる神庭常吉より本件目的地につき通行地役権の設定を受けた事実を疎明できないわけではない。従つて、原判決には所論の如き理由の不備又は理由齟齬の違法はない。

同第二点について。

原判決の援用に係る疎明資料によつても、被上告会社の設立時期が昭和十六年八月中であることは明らかであるから、原判決がその設立時期を昭和二十六年三月と推認したことが誤りであることは、所論の通りである。しかし、原判決は右昭和二十六年三月に高林房太郎がその所有の倉庫及び敷地(本件地役権の要役地)を被上告会社に現物出資したことを推認し、従つて被上告会社が本件地役権をその要役地と共に取得した時期を昭和二十六年三月と推定したものであることは、原判決を通読すれば明らかであるから、前示事実の誤認は、原判決の結論に対し何等影響を及ぼさないものであつて、原判決に理由不備の違法があるとは言えない。

同第三点について。

原審口頭弁論に現われた疎明資料全部を検討するとき、本件目的地につき前所有者たる神庭常吉が高林房太郎に対し果して物権たる通行地役権を設定したものであるか、或は単に本件目的地の通行を黙認していたのに止まるものであるか疑わしいけれど、仮処分異議手続においては証明の必要はなく疎明を以て足るところ、前に判示した如く原判決の採用した資料を綜合すれば、本件目的地につき物権たる通行地役権の設定せられた事実を疎明できないわけではなく、証拠の取捨判断は原審の専権に属するところであるから、原判決が反対の疎明資料を全部排斥し前示事実を推認したからといつて、これを非難することは許されない。また、右事実の推認が社会通念及び経験則に反するものと認めることはできない。

同第四点について。

原判決は、前に判示した通り、疎明資料に基いて高林房太郎は神庭常吉より本件目的地に通行地役権の設定を受け、これを要役地と共に被上告人に譲渡した事実を推認したものであるから、証拠によらないで被上告人の本件地役権を認定したものとはいえない。

同第五点について。

原判決の判文はいささか明瞭を欠ぐうらみがあるが、要するに原判決の推定した事実によれば、上告人は本件目的地に存する通行地役権を黙認していたのに止まらず、本件目的地を含む宅地上に存する上告人所有家屋の借家人に対し、表口よりの出入を禁止し裏口より本件目的地を通つて被上告人裏側の通路を使用することを強要して本件通行地役権を積極的に承認する如き態度に出ていたというのである。民法第百七十七条にいわゆる第三者とは、当事者若しくはその包括承継人に非ずして不動産に関する物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有する者を指称し、その善意悪意を問わないのを原則とする。しかしながら、現に登記せられていない物権の存在を承認するに止まらず、更に自らその権利の存在を前提とする如き行動に積極的に出た者が、その後に至りほしいままにその態度を一変し、登記の欠缺を口実としてその権利の存在を否定するが如き場合は、民法第一条の信義誠実の原則に背反することは明らかであり、また現存の登記状態に信頼して行動する者が不慮の損害を被ることのないよう保護することを主たる目的とする民法第百七十七条の法意に照し、同条の保護を受けるに値いしないものといわねばならぬ。従つて、右の如き者は、同条にいわゆる第三者に当らないものと解するのを相当とする。(参照、大審院昭和九年三月六日判決及び同昭和十二年六月十八日判決)。そして、上告人は、前示の通り本件通行地役権の存在を黙認していたのみならず、これを前提として自己の所有家屋の借家人に本件目的地の通行を強要していたのであるから、上告人は本件通行地役権につき登記の欠缺を主張することは許されないものと解すべきである。原判決が上告人において登記欠缺主張の権利を放棄したものと判示したのは、結局右と同様の法理を表現せんとしたことに帰するから、被上告人が登記なくとも本件地役権を上告人に対抗できるとなした原判決の結論は相当であるといわねばならぬ。しからば、登記欠缺主張の権利を放棄したとの原判決理由を攻撃する論旨は、結局理由のないことは明らかである。

よつて論旨はすべて理由がないので民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

上告代理人上原隼三の上告理由

原審判決ハ理由ヲ附セス並理由ニそごアリ民訴法第三九五条ノ法令違背アリ其ノ具体的事実ハ左ノ通リナリ

第一点原判決理由ハ多数ノ証拠ニ依リ(一)乃至(四)、事実ヲ認定シ「神庭は高林の懇請を容れ本件目的地に通行権を設定したので高林は爾来日々頻繁に在庫品の搬出搬入のため本件目的地を利用して居たものである」ト認定(二)セラレタルカ右通行権ノ法的性質カ使用貸借ナリヤ賃貸借ナリヤ若ハ地上権、地役権等ナリヤヲ認定セラレス全ク不明ニシテ右通行権ノ存続期間並対価ノ存否等ハ之ヲ知ル由モナシ然ルニ其ノ後段上告人ノ登記欠缺ノ抗弁ヲ排斥スルニ当リテハ突如トシテ前記通行権ハ被上告会社主張ノ地役権ト同一ノ権利(物権)ナル事ヲ前提トセラレタリ。然レ共原判決理由挙示ノ疎明中ニハ被上告会社ノ前主高林房太郎ガ昭和九年中係争土地所有者神庭常吉ヨリ地役権(賃貸借又ハ使用貸借ニ非ス)ノ設定ヲ受ケタル点ノ証拠ハ更ニ存セス、原審ハ証拠ニ依ラスシテ事実ヲ認定セラレタル訳合ニシテ理由そごノ違法アリ。

第二点原判決理由ハ(二)ニ於テ「其の後高林は昭和二十六年三月に至り被控訴会社を設立し云々」ト(四)ニ於テ「ところが控訴人は右のように本件目的地を所有するに至つた後も高林(個人)又は之を承継した後の被控訴会社が本件目的地を通行する事に対して云々」ト説示セラレタリ。然レ共被上告会社ハ昭和十六年八月九日設立登記ヲ為シ居リ上告人カ係争宅地買受ノ八年以前ヨリ会社組織ニシテ戦争末期ニハ営業不振ノ為メ廃業ヲ決意シ金物在庫品一万円老舗料一万円合計二万円ニテ同業者ニ営業ヲ譲渡セントセシ会社ナル事(被上告会社社長高林房太郎、第一審供述)ヲ何等考慮セラレス証拠ニ依ラスシテ当事者会社ノ設立時期ヲ上告人ノ目的宅地並地上家屋所有権取得ノ前後ニ渡リ十ケ年間モ誤認セラレタルハ事案ニ対スル誤判ノ原因ニシテ実ニ重大ナル理由不備ノ違法ナリ。尚御参考ノ為メ被上告会社カ目下鳥取地方裁判所米子支部ニ繋属中ナル本案事件ノ甲第一号証トシテ提出セシ有限会社登記簿抄本(被上告会社分)ヲ本理由書ノ末尾ニ添付ス。

第三点原審カ被上告会社申請ノ仮処分決定ヲ認容セラレタル目的空地ハ奥行約二間巾三尺乃至五尺ノ約二坪ナル事原判決理由通リナル処右仮処分土地ノ範囲ハ同空地ニ接スル上告人所有二階建家屋(裏離座敷)ノ庇下即雨落チヲ越ヘ右家屋ノ土台際ニ及フモノニシテ(実際目的空地ノ長サハ建物ノ間口ト同様二間半ニシテ幅員ハ約一間アリ其ノ内土台際ヨリ庇下雨落チ迄カ二尺余ナリ)如何ナル市街宅地所有者カ無料無期限ニテ斯ル場所ニ迄当事者地方ニ一ノ前例モ存セサル地役権(一般社会人ハ地役権カ如何ナル権利ナルヤヲ了知セス)ヲ設定スヘキヤ之ヲ肯定セラレタル原審認定ハ著シク社会通念ト経験則ニ反スル事多言ヲ要セス旧大審院並最高裁判所カ永年堅持セラレ居ル通リ斯ル社会通念並経験則ニ反スル判決ハ理由不備若ハ理由そごノ違法アリ。

第四点登記欠缺主張ノ権利放棄ノ点 原判決理由第二段ハ「控訴人は神庭が高林に対し本件目的地に設定し被控訴会社が承継した地役権を黙認した事実が認められるから登記欠缺主張の権利を放棄したものと謂ふべく」ト認定セラレタルモ前叙ノ如ク原判決理由ハ前段(一)乃至(四)ニ於テ被上告会社ニ目的地通行権アリト断セラレタルモ如何ナル地役権ノ存否ニ付テハ一言半句モ触レス換言セハ仮処分申請ノ権利保護要件タル本権(地役権)ノ存否ヲ判断スルコトナク被申請人ノ先ツ被上告会社ノ地役権ヲ否認シ仮定抗弁トシテ物権ナル地役権ニ付登記欠缺ニヨル対抗力不存在ノ抗弁排斥ニ当リ初メテ前段認定ノ通行権ハ即地役権ナリト証拠ニ依ラスシテ大飛躍認定(誤認)セラレタルハ危険極リナク顕著ナル理由不備並理由そごノ違法アリ。

第五点凡ソ賃借権地上権等ヲ設定セシ市街宅地カ甚タシク利用価値ト処分価格ヲ減殺サルルハ万人ノ斉シク認ムル処ナリ況ヤ無償且永久ノ物権ナル地役権ノ設定サルルニ於テハ前者ト程度ノ相違ニ止マラス民法ノ規定ニハ存スルモ有史以来米子市地方ニ民法上ノ地役権ノ設定セラレタル一例モ存セス又上告人本人モ現在尚地役権カ如何ナル権利ナルヤヲ了知セス不知ノ権利ヲ放棄セリト云フカ如キハ条理違背以外ノ何物ニモ非ス。被上告会社カ上告人ニ対シ儀礼ヲ尽シテ挨拶ヲ為シ若ハ相当ノ対価並存続期間ヲ明確ニ約定セハ其ノ所有倉庫出入ノ為メ賃貸借位ハ承諾セシヤハ保シ難キモ上告人並家族ハ高林ノ裏空地ヲ通行セル必要更ニ存セス毎日頻繁ニ空地ヲ往復利用セル被上告会社ヨリ上告人ニ対シ目的空地通行ニ関シ未タ嘗ツテ一言ノ挨拶モ為シタル事ナキ点ハ第一審証人高林むめ子(高林房太郎ノ妻被上告会社監査役)ノ供述セル処ナリ。

尚原判決ハ控訴人高林次テ三島精一ノ各所有宅地裏側ノ空地通行ハ相互自由ニ利用シ「御互様」トシテ承諾セシ旨認定セラレタルモ表側国道添所在家屋ニ居住セル右三島並控訴人ガワザワザ裏側ニ廻リ該空地ヲ利用スル必要更ニ存セス上告人カ高林側ニ対シ其ノ空地通行ニ付キ片言モ申出テタル事ナキハ論ヲ俟タス現ニ被上告会社社長高林房太郎ハ本案事件ノ代表者訊問ニ於テ上告人並家族カ被上告会社所有空地通行ノ用件全ク存セサル事ヲ自認シタル事実アリ。

以上ノ如キ実情ニ於テ上告人カ宅地家屋買入ニ当リ物権取得ニ付不可欠ニシテ前所有者神庭常吉ヨリ何等言及サレス勿論売買価格決定ニ付斟酌スル事ナカリシ未登記地役権ノ存在ヲ承認シ登記欠缺主張ノ権利ヲ放棄シタリト謂フカ如キハ吾等ノ社会通念ト経験則ニ反スルコト三才ノ童児ト雖モ容易ニ之ヲ理解シ得ヘク結局原判決ハ前同様理由不備若ハ理由そごノ違背アリ破棄ヲ免レスト信ス。(上告人ノ第一審準備書面特ニ援用ノ判例ヲ御参照相成度シ)

登記簿登本<省略>

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